王子様は立ち上がり、お姫様とダンスを踊り始めました。二人の一歩と同時に楽団が円舞曲を奏で、優美なステップが流れるように移動するのです。お姫様のドレスが花のように舞い、ほほえみ合う二人はそれはそれは美しい一枚の絵のようでありました。
王子様は夢心地で頬を紅潮させています。お姫様もきらきら微笑む王子様を見て胸が高鳴りました。
「父から聞いて驚いた。あなたがマゼンタの王女だなんて、私は夢を見ているのだろうか?」
「私も夢のようです、あなたと踊れるなんて!」
二人の重ねた手はどちらからともなく強く握られたのです。
王子様は踊りながらお姫様にたずねました。
「あなたはいつからマゼンタの王女に?」
王子様はいまでもお姫様が隣の国の王女様であることに半信半疑なのです。身分違いだと思っていた愛しい人が、実は王女の身分を持った真実自分の婚約者であるだなんて、誰がすぐに信じられるでしょう!
「生まれたときから私はマゼンタの王女です」
お姫様は小首を傾げて答えました。
「言ってくれればよかったのに……探していたんだ、あなたのことを」
お姫様が黙っていなくなったことを少しとがめるように、王子様は眉尻を下げました。お姫様が王女様だと知っていれば、思い悩むこともなかったのですから。
けれど思い悩んでいたのはお姫様も同じなのです。お姫様は照れ笑いを浮かべ、頬を染めました。
「だって、あなたは姉上とご結婚なさると思っていたから……」
「でもいまはあなたの婚約者だ」
王子様も本当はついさっきまで違う人と結婚するのだと思っていましたから、お姫様の気持ちはよく分かります。けれど結ばれることができるのだと知って、二人は幸せに笑いあいます。
むつまじい恋人たちにつられるように、みんな次々に円舞曲の輪に入っていきます。
広間いっぱいに色とりどりの花が咲きます。舞踏会のはじまりです。


きらびやかに華やぐ舞踏会の様子を、お姫様の姉上は溜息を吐きながら見ていました。
「世話の焼けること」
王子様と可愛い妹姫様を結ぶために奔走した疲れが今になって出てきたのです。
「殿下の尽力の賜物でございますれば、わたくしどもはなんと礼を申し上げてよいやら」
声を掛けられて姉姫様が振り返ると、大臣たちが滂沱と涙を流していました。みな心配していた王子様のお妃が決まってたいそう喜んでいるのです。
「しかし、かの有名な天才エカルラート殿が、よもやマゼンタの第一王女殿下とは、いやはや驚きますな」
黒々と口ひげをはやした大臣が、ひげをなでながら感心した声をあげました。
そうです。お姫様の姉上は、いぜんこの国で最も優秀な学生だったのです。そのときはエカルラートという名前で男の子のかっこうをしていたので、誰もそれが王女様だとは分かりませんでした。
「王太子妃だけでなく、優秀な官吏もいただけて、わが国はますます安泰ですじゃ」
白いひげの大臣はしわしわの口をもぐもぐさせて掌をこすり合わせていました。
「わたくしも、宰相次官としてお役に立てるよう尽力いたしますわ」
姉姫様は大臣方に微笑みかけると、ふたたび広間の中心へ視線を向けました。
そこにはいつまでも睦まじく微笑みあう恋人たちがいるのです。
「わたくしの可愛い妹を奪った罪は大きくてよ……覚悟なさい!」
姉姫様の憎悪に燃える瞳には王子様が写っていました。姉姫様は可愛い妹と離れたくないために、この国の宰相次官になることにしたのです。
これからはずっと愛する妹と一緒にいられますし、大嫌いで憎らしい王子様をいじめることだってできるのです。
これからの楽しい日常を想像して、姉姫様は上機嫌で言い寄ってくる男性方を容赦なく袖にしていました。
大臣方は約束された王国の繁栄をことほぎ、喜び合いました。
王子様は背筋に悪寒が走るのを感じましたが、お姫様と喜びを分かち合うのに忙しく、また目先の幸せに、すぐに忘れてしまいました。

こうして王子様とお姫様は結ばれ、お姫様の姉姫様も願いどおり妹姫様と一緒にいることができましたし、大臣方の念願のお世継ぎにも恵まれ、みんなみんな幸せにすえながくくらしましたとさ。
めでたしめでたし。




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