Before love 01. 恋だと気付いたのは最近だった。 見初めた時は彼女がまだ幼い子供だったこともあってか、こんなにも愛しく想っているものだとは考えていなかった。 成人男子がよもや中学にあがりたての子供に、ソウイウ気分も含めて恋愛感情を抱けることは、僕の中である種禁忌だった。 だって当時の状況じゃ、確実にロリータコンプレックスの烙印じゃないか。 ・・・今だって大してかわりはないのだけれど。 僕の保身のために言い訳すると、彼女は一見すれば13歳には見えない。 ストレートの長い髪に背の高い細身の身体は、実年齢以上に見えるし、彼女は彼女でその時自ら大人であろうとしていた。 母親を亡くして心細いであろうはずなのに、長女だからしっかりしなければいけないと考えたのか、随分無理をしていた。 だから僕は、彼女を抱きしめて、その涙を拭ってあげたかった。 それは年上の幼馴染としての、保護者ぶった庇護欲だと信じていた。「欲しい」と想ったのも漠然としていて、ソレが何かなんて深く考えなかった。 彼女との再会は、彼女の涙を僕の記憶に刻み込み、鮮やかな彩りを残して胸の奥に燻り続ける。 そうしているうちに季節は巡り、僕は24になった。 僕自身はまだ早いと思っていても、周りから「そろそろ結婚」を仄めかされるようになり、煩わしい日々を過ごしていた。 両親からも婚約者で従妹の菱和からも、遠まわしには催促されていたようだけれど、僕は敢えて知らない振りをしていた。 その頃から脳裏に彼女の顔がチラつくように。 あの夜の月の下で見た彼女の長い髪とか、昼間に見た照明に照らされた彼女の涙とか、血の気の失せた白い頬、小さくて細い指、影を落とす長い睫毛。 菱和と会うたびに彼女を思い出し、訝しむ従妹の前で赤面した。 元々菱和のことが好きで婚約という関係にあるわけじゃなかった。だから菱和とは血のつながり以外のものはなく、肉親に寄せる感情以外、特別な感情も抱いたことすらなかった。 ただ見家と水流を結ぶためだけに交わされた約束で、嫌だとも望むものとも考えたことが今までなかっただけ。 けれど結婚を厭う気持ちは漠然としてあり、菱和との婚約すら納得いかなくなった。 「婚約を破棄したい!?」 僕の突然の申し出に、両親も菱和も親戚一同驚いていた。今まで一度だって婚約に関して意見したことのない僕が、今更になって破棄したいと言い出したのだから彼らの戸惑いは当然と言えば当然だろう。 「理由は?」 その問いに僕は明確な答えを導き出せずにいた。 「・・・・・・・・・・。」 口ごもってしまったが為に、僕の願いは聞き入れてもらえなかった。 単なる気まぐれと片付けられたが、菱和は僕の変化に気付いていたのだろうか、不安な眼差しで僕を見ていた。 「わたしのこと、嫌いになった?」 眉根を寄せて縋るように僕を覗き見る仕草はきっと男心をくすぐる術なのだろうが、今の僕にはくすぐられる心は持ち合わせていない。 僕の心は彼女の元へ。もう、彼女にしか僕の心は動かせない。 「嫌いも何も、好きになったこともない。」 気の強い菱和の、傷付いた眼差しに我に返って後悔する。 こんなこと、言うはずじゃなかった。彼女のことを思い出したままでは菱和に勘付かれると、勝手な思い込みで突き放す言葉をこぼしてしまった。 菱和は従妹だ。それ以上でもそれ以下でもない。 生まれたときから一緒にいた彼女には、例え嫌おうと思っても嫌うことのできない情がある。 けれどその感情は、彼女とあまりにも違いすぎる。 菱和の存在は、彼女とあまりにも違いすぎる。 一瞬のうちにその眼差しは、プライドを汚された苛烈な色に変り、食いしばる歯が頤を震わせた。 菱和は無言で踵を返し、僕はその背中を見送った。 去りゆく背中を追う事もせず、遠ざかる腕を引くこともしない。 そうする意味がない。 きっとあの背中が彼女のものならば、僕は迷わず走るんだろう。 追いかけて、抱きしめて、この腕に閉じ込めたまま放さないのに。 ・・・・・・・・ああ、そうか。 僕は彼女が好きなんだ。 気付いてしまえば簡単だった。 結婚したくない理由も、婚約を破棄したい理由も、菱和を厭わしく思うのも。 僕は彼女に恋をしている。 彼女以外に触れ合いたくないんだ。 そういえば、あれ以来誰とも付き合いがない。 知らず恋に溺れ、彼女に操を立てていた、いい年した自分が可笑しかった。 >>NEXT >>TOP |