Edelstein




FINAL STEP




私は4年前の決意の通り、誰もが振り向くくらい綺麗になった。

髪を伸ばすようになって、服装や女の子らしい仕草にも気を付けるようになった。
小学校を卒業した辺りから、背丈も少し伸びて胸も膨らんだ。
真っ黒に日焼けしていた肌は、毎年の日焼け対策でメラニンが落ちていった。
中学に入って目に分かるほど変化した私に、両親はそろそろ年頃なのかもと、私の望むままに服や装飾類を買い与えるようになった。
「子供のうちは何物にも頓着せずに子供らしく遊びまわって欲しかったから」
思春期を迎えた娘に、微笑ましい視線を送りつつ母親が言ったが、だったら遊ぶ暇もないくらいに習い事をさせていたのはなんだったんだと問い詰めたくもなる。
結局私は我慢できずに親を問い詰めて、白状させたのだが。
それはあまりにも打算的。
「将来どこかの御曹司に見初めてもらうのに、年頃になったら着飾らせるつもりでいたけど、ほら、ローティーン向けのブランドって結構な値段するのよ。結婚なんかまだまだ縁遠い子供の内に無駄に着飾らせてもねえ」
つまりは大きくなったらどこか有力な会社の御曹司と娶わせて、自社のバックアップを図ろうとしていたのかこの親は。
親なのにこの薄情。信じられない。
しかし私の事を実子として愛していないはずはなく、今まで受けてきた親の愛というものは子の私も感じられてる。
「そりゃあ、結婚はあなたの自由だけれど、私達にも利益が出てあなたも幸せが一番の理想じゃないの」
私が幸せであることが大前提だが、どこかの王子様と結婚してくれれば嬉しいなあ的な望みのようだ。
まあ、分からなくもない親心……というよりかは所詮は親も人間なんだな。
「じゃあ、ちょっとでも更なる玉の輿に乗らせたければ、結婚式に着ていくドレス買ってよ」
右手を差し出して、そうして私は親にせびる。



結婚式は絶対に純白のウェディングドレスに白いチャペルで!と夢見る乙女は私を入れて世界にどれほどいるだろうか。
だけどこの瞬間、私の決意は揺らいでいたりする。
うーん、神前っていうのも悪くないかな。日本人だもの、文金高島田が似合わないはずがない。
個人的には角隠しよりも断然綿帽子ね、目の前の花嫁さんみたく。
「みーしー」
遠くでたくさんの人に囲まれた花嫁さんと紋付袴が微妙に似合わない花婿さんをぼんやり眺めていると、背後から声をかけられ振り返った。
私は声の主を認めると笑って近寄った。
「みっこ」
互いの両手を合わせて私達は久し振りの再会を喜ぶ。
「ひさしぶりー、元気してた〜?」
「そっちはどうよ、みんな元気してる?」
一度入ってしまうと外部校を受験する子はなかなかおらず、同じ顔ぶれが小中高果ては短大まで一緒だったりするいわゆるお嬢様学校。周りは確かにお嬢様が多いけれど、多いが故に進学率はさほど良いとはいえない。
家業を後継する気でいるみっこには、望む環境ではなかったのだろう。周りはお嬢様であれども将来みっこの役に立つコネクションになり得る人材はおらず、みっこは中学から共学の進学校に行ってしまった。
『私は、在学中に婚約とか学校卒業してすぐに結婚とか、金持ち特有の古臭い因習に囚われたくないの』
そう言い放って小学校を卒業した彼女の瞳は真っ直ぐに遠い未来を見据えていた。
賢く強い彼女に羨望の思いは抱けども、決して彼女のような人生は歩めないと私は思う。
彼女のように覚悟も強さも賢さも私にはない、よって彼女の嫌う因習に囚われていわゆる『女の幸せ』に甘んじるのだろう。私はそれでいいと思っている。分相応の人生だ。私にはそれが合っている気がする。
だけれどその幸せを委ねるのは誰でも言いというわけではない。
「聞いたよ〜〜」
含み笑いを浮かべながらみっこが肘で私の腕をつついた。私はみっこにそのように笑われる覚えがないので、ただただきょとんとするしかない。
するとみっこは反応の薄い私に痺れを切らして話題を切り出した。
「『ケイトー』の茶園社長の甥を袖にしたそうじゃないかい。ケイトーだけじゃない、キミのお噂はかねがね聞いているよ、高校に入ったばかりなのに凄いことですねえ」
「人聞きの悪い」
全く誰がそのような悪い噂を流すのか。確かに年頃になってから社交の場に出ると年齢問わず色んな男性に言い寄られるようになった。大抵はどこかの会社の社長子息であったり親族であったり、時には自らが代表取締役だという人もいた。
でも別に浮名を流してるわけではない。女子高生らしく慎ましやかに言い寄る男性陣の、勝手に垂れ流すスピーチを愛想笑いで聞いてるだけで、向こうが勝手に舞い上がってお付き合いを申し込んでくるのよ。
両親は嬉々として改めて提出された見合い写真と釣り書きを漁っているけど、私は今までただ一人として交際を承諾したことがない。ただそれだけだ。
良家のご子息様たちに囲まれながら、私はいつでも一人の人を想っている。
表も裏も、策略も駆け引きも、関係のない場所で出会った優しい人。優しい笑顔をくれた人。
あからさまな口説き文句や、優しさの中に見せようとする男の色香も、無縁の頃に出会ったから、あの人とあの人に寄せる想いは何者にも汚されない清いもの。
そして同時に今も色褪せることのない恋心でもあった。
もう一度会いたいと、綺麗になった私を見て欲しいと、お花の先生に彼のバイト先であった生花店を教えてもらい、彼の当時の連絡先を聞きに行ったのだが、店は頑として口を割らず私は途方に暮れる羽目になったのだ。
数年前に二三ヶ月雇ったアルバイトの大学生のことなど思い出話にでも語って聞かせてくれても良さそうなものだが、プライバシーの守秘義務は徹底しているらしい。店としては素晴らしいのかもしれないけれど、こちらから言わせてもらうとなんて融通の利かないと舌打ちしたくなる。
前進の出来なくなった私の想いは、時の経過にまかせ風化するのを待つのみとなった。それでも私は望んでいる、偶然という奇跡をいつまでも。

「それにしても、今日は本当に晴れて良かったね。花嫁さん綺麗ねえ」
「おかげさまで」
みっこと私はお色直しに立つ花嫁さんに拍手を送りながら頭上の空を見上げた。
さすが一流の家柄は結婚となっても規模が違うらしい。式は親族のみで済ませたらしいけれど披露宴となるとこれまた別で、式を執り行った神社に程近い迎賓館を貸し切ってのもの。
披露宴を行う大広間の準備が出来上がるまでの間、賓客は広大な芝生の庭を散策するらしい。白いクロスが掛けられたテーブルが点在していて、小腹を満たす程度の軽食が載っている。
大勢の客同士は互いの親睦を深めるのに余念がなく、卓上の料理が減っているようには見受けられない。
みっこの家は世界に名だたる大企業だから、親睦を深めたいと思うのは当たり前だし、招待を受けた面々も只人ではない。そこかしこに名の通った政治家や企業重役がいるし、その子息子女もいる。
そして今日も私は今までに数人の御曹司殿に声を掛けられ辟易していた。
もちろんみっこと二人でいててもさして状況は変わらない。いやむしろ悪化するかもしれない。
「みっこ、周りの視線が痛い……」
私達に声をかけようと遠巻きに機会をうかがう視線が多すぎて、慣れてはいるものの私はみっこのように平然としていられない。捕食される獣のようで、気味が悪いのだ。
「仕方がない」
みっこは溜息を一つ吐きだして、庭内をぐるり見渡した。
「桑!」
目的の人物を見つけて片手を挙げた。向こうから一人の男の人がやってくる。
「ほら、昔言ってた『末っ子次男』憶えてる?あれ」
嬉しそうにみっこは彼を見て指をさす。忘れるわけがない、私とみっこが初めて仲良くなった日だもの。その日のことはなんでも鮮明に覚えている。
「ああ、本来ならあそこに立ってるはずだった人?」
「憶えてなくていいトコだけ憶えてるんだねえ」
私が指差した方向には、花嫁より遅れて席を立つ花婿さん。にやりと笑って隣を見れば苦い顔で返された。
小学生の頃は非社交的だったみっこもずいぶんと人当たりが良くなった。きっとこの人のおかげなんだろうと思う。
社交に必要なうわべだけの人付き合いの慣れではなく、人見知りをしなくなった。
「なに」
「お友達を紹介しようと思って」
不満そうに眉根を寄せる彼に私は会釈する。
「明美潮と申します」
「小学校の時の同級生」
私の名前にみっこが詳細を付け足したが彼の方でも心当たりがあったのか、ああ、と訳知り顔で頷く。
「みつのサボりに付き合わされた可哀相な子」
みっこはそうそうと首肯して、私はそんなこともあったなあと懐かしく笑む。付き合わされたわけでもないんだけど。
「初めまして、みつこのお目付け役を会長から任されています葎屋桑一郎と言います」
お辞儀をしてニコリと笑った顔は悪意がなくて好感の持てる印象だった。
あー、葎屋さんって言ったら最近注目されだした呉服屋さんよね。完全に市場を海外に移しちゃって、向こうのおセレブがもてはやしちゃってるとか聞いた。
なるほど、みっこのおかげでその昔の難を逃れて今は成功を収めていってるというわけかな?
「みつの知り合いにしては綺麗な子だね」
「それはどういう意味」
「類は友を呼ぶと言う、みつの友達は男が多い。」
「私が男らしいと言いたいわけか」
うわ、みっこ鈍感。私の事褒めたけどみっこのことしか見てないし、みっこの友達に快い感情は抱いていないようだけど。なんだ、みっこ幸せそうだね、知らぬは本人ばかりなりと言う所だけれど。
葎屋氏と不意に目が合ったので、憐憫の視線を送っておいた。苦笑が返ってきた。


「ところで桑くん、誰かと喋ってたの?」
暗に女じゃないだろうなと言いたいみっこは幼すぎて可愛いと思う。彼の方もそう思っているのか、わずかに噴出して肩を震わせていた。
「セイさんとずっと一緒にいた」
「え、どこどこ」
みっこの反応で彼女らの親しい人なのだと分かった。そしてみっこも懐いていることを。
葎屋氏はそう遠くない所に件の『セイさん』を見つけたのか、手招きした。
人ごみからひょっこり現れた男の人。あれがセイさんとやらね。
しかし私は近づいてくるそのセイさんを見て愕然とした。
その人が目の前まで来るまで思考が停止して動けない。

「セイさん久し振りー」
「みっこ元気だったか?」
目の前でみっこに笑いかけるその人は、四年前よりも大人の顔つきをしている。
私が小学生から高校生になったように、彼も大学を卒業した歳なのだろう。
唇がわなないて涙が出そうだった。
だけれどこんな人前で、突然泣き出すわけにもいくまい。せっかくの化粧も無残に崩れてしまう。
私は必死に心を落ち着かせようと、今まであった男性陣の最悪な口説き文句ワースト3を思い出した。
あ、冷えた。

瞬間、目が合う。
みっこの横に突っ立ってる私に興味を移すのは男として当然の義務。
だけれど彼の瞳は私を見た途端に少し開かれた。
憶えてて、くれたの?
けれどそれは間違いだと、頬を真っ赤に染めた彼の顔を見て悟った。
小学生の頃の面影など、殆どないと言っていいほど変ってしまったから、憶えていないことを咎めたりしない。けれど少し寂しかった。
「みっこの、友達?」
興味深そうに、赤い顔で彼がみっこに紹介を求める。
私はみっこが口を開く前に怪訝な顔を見て取らせ、彼よりも先に彼の紹介をみっこに求めた。
出会えた偶然よりも、ここにいる理由が知りたい。ここは上流社会の中でもかの企業に選ばれたもののみしか招待されていない。しかもみっこと親しい様子。
「あ、おれ……私は佐想の親戚で、新納清正と言います」
私の行動を警戒心と読み取ったのか、気遣うように彼が口を出した。
「私の従兄弟の従兄弟。つまりは赤の他人」
つまりは遠い親戚と。みっこが補足する。みっこのお父さんの兄弟のお嫁さんのご兄弟の息子さん。ということか。普通は交流のない縁戚よね。
細かく分析できるほどに冷静になった脳ミソに、私は安堵する。
さっきは取り乱しすぎた。
自己紹介は私の番。じっと彼が私を見ている。幼い頃にずっと欲しかった眼差しで、心が満たされた。
私、綺麗になった?
私、子供じゃなくなった?
その答えは今目の前に。彼の私を見る目がその全て。

「私の小学校の時の同級生なの」
みっこの紹介で頭を下げた後、彼の目を見る。
憶えている?まだ勘違いしたままでしょう?

「お久し振りです、『ニシオアキラ』です。新納さん?」

にっこりと、今までで身につけた最高に綺麗な笑顔で虜にしてあげる。
本当の名前を教えるのはいつになるのか。
驚愕に大口開けたみっともない顔でさえ、胸を奮わせられる貴方に、私はいまだ恋してる。


私の初恋は、これから始まるところらしい。




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