Christmas present



クリスマスが近づく12月。
ひふみは一人で窓の外の揺れるブランコを眺めていた。
雨も降っていないし天気だっていい。けれどひふみは庭に出て遊ぼうという気にもならなかった。
イチが隣に寄り添って、頭を撫でていてくれたけど、ひふみの気分は晴れない。
最近のひふみは機嫌が悪い。
かんしゃくを起こす時もあれば、今日のように気分が沈んで何もしたくないという日もある。
いつもは知り合いのお兄ちゃんがやってきて、一緒に遊んでくれるのだが、その彼が最近姿を現さないのだ。
大好きで大好きで、世界で一番大好きなお兄ちゃんは、どうかすると両親よりも大好きで、いつまでも一緒にいたいと思う。
そういう気持ちになった時に大人は『けっこん』するものなのだと知ってからすぐに、ひふみは母親に彼と結婚したいと告げた。母親は大喜びしていたが、父親は泣いた。
父親が泣く理由はわからなかったが、母親が喜んでくれたので良いことなのだと思った。
だからそれを彼に告げたとき、断られるなんて思いもしなかった。
とても困った顔をして、今までないくらいに居心地が悪そうで、それからずっと姿を見ていない。
「きっとひふみが何か悪いことをしたから、あーちゃんは怒って来んくなったんや。」
わんわん泣いて、目が溶けるのではないかと怖くなるほどに涙を流し、泣き疲れて眠る日が幾日も続いた。
こんなことならけっこんするだなんて、言うんじゃなかった。
断られただけではなく、姿も現さなくなったあーちゃんに思いを馳せて、再びひふみは涙を流した。
隣のイチはずっと頭を撫でてくれている。

「ふみは、今なんか欲しいもんあるか〜?」
両親に口々にそう聞かれたが、ひふみは首を横に振った。
何も欲しくない。欲しい物なんてなにもない。
欲しいのはあーちゃんと過ごした少し前の日々。けれどそれを口にしたところで両親に何ができるというのだろう。
ひふみがわがままを言わずに、何も欲しがらず、良い子にしていたら、きっと神様があーちゃんを返してくれるのだ。絵本で読んだ『いえずすさま』のように、神様が返してくれるんだ。
だからひふみは何も欲しがらないし、わがままも言わないと決めた。

クリスマス会が始まって、美味しいご飯を食べたけれど、ひふみはあーちゃんのことで一杯だった。いつになったら会えるだろうか。いつまで我慢すればいいだろうか。
叔母さんと一緒に、クリスマスケーキをそれはそれは嬉しそうに平らげる母親が少し恨めしかった。
まわりが騒がしくなったと思ったら、いつの間にかサンタクロースがやってきて、クリスマスプレゼントを従兄弟たちに手渡している。
大小さまざまな包みに、赤と緑の『花』のコサージュが付いている。
従兄弟たちはプレゼントを手渡されるなり包装紙を惜しげもなく破いて中身を確認していた。
破られた包装紙と共に床に転がる赤と緑のコサージュは、誰に拾われるでもなく転がったままで、ひふみは可哀相だと思った。
自分がもらっていたならば、綺麗にとっておいてあげるのに・・・。でも分かっている。自分にはプレゼントなどないことを。
ひふみは欲しがらないのだ。だからクリスマスプレゼントだっていらない。
あーちゃんが返ってきてくれるなら、何も欲しくない。
けれど我知らず、物欲しそうに見ていたのだろうか。サンタクロースと目が合ってしまった。
ひふみは近づいてくるサンタにぎょっとして、慌てて母親の後ろに隠れた。
「こんばんは、ひふみちゃん。」
白いひげをもさもさと揺らしながら、サンタはひふみに喋りかける。
「ひふみちゃんへの贈り物はね、サンタさんの袋に入りきらないから、今はないんだよ。」
そんな思わせぶりなことを言われたって、子供のひふみには分かるわけがない。母親がはっと驚いて、嬉しそうにしたけれど、背の低い子供のひふみには見えるわけがない。
分かるのは、サンタクロースがひふみにもプレゼントを持ってきたということだけ。
「ふみ、いらんもん。なんもいらんもん。なんも欲しない。」
魔法少女の魔法のステッキだって、モデル仕様のお人形だって、擬人化ウサギのファミリーだって、どれもいらない。いらないからあーちゃんが欲しいのだ。
だからサンタさんにプレゼントをもらっては困るのだ。今までの我慢が水の泡。
ひふみは頭を振って拒否した。
「いま、持ってくるからね。きっとひふみちゃんは喜んでくれると思うよ。」
「いやや、なんも欲しない。いらん、いらん。あかんもん、ちゃうもん、ふみの欲しいのんとちゃうもん。」
ひふみの話を聞いてないのか、サンタはプレゼントを取りに行ってしまう。
ひふみはもどかしくて、腹が立って、ボロボロと泣いてしまった。
一旦涙が出てしまえば、後は堰を切ったように次々に大粒の涙が流れ出す。
わんわん泣いて、大声を張り上げた。
遠くで年長の従兄が煩わしそうに「うるさいな〜」とぼやいたけれど、余計にうるさく泣いてやった。
今度こそ目が溶ける。目が溶けたらもうあーちゃんの姿を見ることも出来ない。
そう考えたら、余計にあーちゃんに会いたくなった。
いつもだったら、ひふみがこんなに大泣きしたら、すぐに飛んできて抱っこしてくれるのに。
「ふみ。」
そう、こうやって優しい声でひふみの名前を呼んで。
「あーちゃん。」
涙と鼻水と嗚咽で声はかすれていたけれど、ひふみの呼ばうのに確かに彼は反応した。
溶けてしまったと思う歪んだ視界のなかで、あーちゃんが微笑んだのはハッキリと分かった。
今まで涙も鼻水も止まっていたけれど、あーちゃんが「おいで。」と言って手を広げたら、また涙と鼻水があふれ出した。
「ああああちゃ〜〜〜〜〜んんんんんん〜〜〜。」
突進してあーちゃんの胸にすがった。抱きとめてくれた腕はいつもの感触で、思わずぐちゃぐちゃの顔をあーちゃんの胸にこすり付けてしまった。
頬にカサリと何かが当たって、ひふみはあーちゃんの胸元を見た。
あーちゃんの着ているスーツの胸ポケットに、赤と緑の『花』のコサージュがついていた。
「ずっと来えへんでゴメンな、ふみ。寂しかってんてな、サンタさんに聞いてんで。」
「サンタさん?」
そうだ、サンタはひふみにプレゼントを持ってくると言っていたのだ。
あーちゃんの胸には、従兄弟たちが銘々もらったクリスマスプレゼントのてっぺんに飾られていたお揃いのコサージュが。
サンタクロースのプレゼントの証。
『いえずすさま』の色と同じ。
そうか、サンタさんはかみさまなんだ。
ひふみはサンタクロースに駆け寄って、自分から礼を言った。
「サンタさん、ありがとう。ありがとう。ありがとう。あーちゃんをありがとう。らいねんもまたきてね。」
サンタはもさもさのひげの下から、確かに笑ったが、どこか寂しそうだった。




懐かしいものを見つけた。
ひふみは押入れの奥に仕舞っていた小さな箱を取り出した。
ポインセチアのコサージュ。
赤と緑の不思議な葉っぱが、幼い頃には花のように見えていた。
作り物のそれは、もらった当時から色褪せることなくその姿を今にとどめる。
このコサージュをもらった当時ではなおのこと、今でもサンタクロースは神様だと思ってる。
あの時のサンタクロースが実は誰なのかもちろん知っているし、サンタクロースなんて子供だましだと分かっているけれど、それでもあの頃の幼い日々に、毎年姿を現したサンタクロースは普段の姿とどこか重なり合わない。
それにあのサンタクロースは16年前に思いもよらないものをくれた。
これをつけて来た彼はこれを見て、何と言うだろうか。憶えていてくれているのだろうか。
いいや、きっと忘れている。
自分だって覚えているのが不思議なくらいの遠い遠い昔の記憶なのだから。
だけど少しの望みを抱いて、今日はこのコサージュを胸に飾ろう。

サンタクロースは今現在隠居中だが、きっと近いうちにまた活躍しに来ると思う。
そしてまた、最高の贈り物を子供たちにくれるのだ。



>>TOP