Christmas nights



クリスマスが近づく12月。
佐想家では子供たちのプレゼントのリサーチにおおわらわであった。
家長の佐想源五郎は可愛い孫達の喜ぶ顔が見たいからと、それぞれの親達に欲しい物をそれとなく聞くよう言っていた。
その甲斐あってか、クリスマス前には各々のほしいものリストとクリスマスカラーに彩られたクリスマスプレゼントが大小様々に用意された。
源五郎は満足気に頷いてプレゼントの箱を数えると、一つ足りなかった。
首をかしげてリストと照らし合わせると、三男の娘の分がなかった。
今日はもうすでにクリスマスイブ、今晩佐想家で行われるクリスマスパーティにて、源五郎扮するサンタクロースがまだ幼い孫達にプレゼントを渡す手はずのはず。
一人だけプレゼントをもらえないクリスマスなんて、トラウマになりかねない。
源五郎は慌てて三男宅に駆け込み、台所でのんきに茶を啜っていた嫁を捉まえた。
「大和さん、あんたひふみのクリスマスプレゼント聞いといてくれへんかったんかいな。」
すると嫁は合点がいったというように、目を開いてああと呟いた。
「お義父さん、なんぼ聞いてもひふみはなんもいらんって言いますのん。」
語尾でふふと笑ったので、源五郎は何か知ってるのかとたずねると、嫁は笑いをこらえながら手を振って話し出した。
「ほら、あの子こないだ尊に結婚するとか言うた話、しましたやろ?」
尊は佐想家に、特に三男宅によく来る商社の跡取り息子で御年14歳になる。ひふみはその尊に刷り込みの如く懐いていて、尊が家に来ては後ろを合鴨の雛のように付いてまわっているのだ。
そのひふみが少し前、尊に結婚したいと言ったそうだ。と、この嫁から笑い話として聞いた。
尊はひふみのプロポーズを、「彼女がいるから!」と慌てて断ったそうだが、その場に源五郎がいたら、間違いなく尊の頭にげんこつを落としていただろう。
いくら目をかけている子供でも、自分の可愛い孫を無碍に扱うとは不届き千万。しかも相手は3歳の可愛い盛りの幼児ではないか。もう少し、対応の仕方というものがあるだろう。
源五郎はそのことを思い出していささか不機嫌になった。
「それから尊もなんか気まずくなったんか、来んくなりまして、それを気にしてるんか、ひふみも最近元気ないんですわ。機嫌も悪いし。クリスマスプレゼントもなんも欲しないて、言いますねん。」
嫁は笑ったが、最後は心配そうに困ったと眉根を寄せた。
源五郎は自分の家に取って返し、尊の家に電話を入れた。




佐想家のクリスマスパーティは早い時間に始まる。
主役の子供たちの寝る時間が早いからだ。
広間に飾られた巨大なツリーに電飾が灯り、並べられたテーブルには食べきれないほどのご馳走がひしめいている。
一家そろって食卓を囲み、談笑しながら全部の皿を空けた。
息子達はそれぞれ家庭を持って働いて、顔をあわせることは殆どなくなったが、こうして各イベントごとには家族をそろえて顔を出しに来る。なかなか親孝行の息子達だ。
孫らも嫁らも幸せそうで、源五郎はよかったと思った。
食後のケーキはもっぱら三男と五男の嫁が二人で食べつくしていた。甘いものが非常に好きな二人は大学時代の級友で、仲良くクリスマスケーキを平らげていった。他の嫁は太るからとか本気で甘いものが苦手だとかで遠慮しているのをこれ幸いに、甘いもの好きな嫁らはそれは幸せそうな顔をしていた。
一番小さい四男の息子が舟をこぎ始めたところで、源五郎はサンタクロースの扮装をして孫達にプレゼントを配り始めた。
この時の為にあつらえた白い大きな袋に、それぞれのプレゼントが入っている。
毎年恒例のイベントであるので、一番年かさの孫は今か今かと落ち着きがない。
サンタの姿をした源五郎を見つけた途端、走り寄ってきてクリスマスプレゼントをねだるのだ。
兄の行動に続いて弟もやってきて、その後をわらわらと孫達がついてくる。
たちまち源五郎のまわりは子供だらけである。
孫との時間、プライスレス!とか心の中で呟きながら、源五郎は言い知れぬ幸せをかみ締めていた。
暗記した包装紙の色と孫を照らし合わせて包みを配っていく。
配られた包みを早速破いて、背後に聞こえてくる歓喜の声にほっとする。
どんどん配っていって、袋の中身がなくなったところで、大広間の端でぽつりと一人佇む孫がいた。
気のない様子でサンタクロースに見向きもしない。
自分にはプレゼントがないと分かっているのだろうか。
源五郎は迷わずたった一人の孫娘のところへ歩を進めた。
近寄ってきたサンタクロースが怖いのか、ひふみは瞳をまんまるに広げてサッと母親の影に隠れた。
「こんばんは、ひふみちゃん。」
あくまでもサンタクロースを装って話しかける。孫娘は母親に促されて、おずおずと蚊の鳴くような声で挨拶を返した。
「ひふみちゃんへの贈り物はね、サンタさんの袋に入りきらないから、今はないんだよ。」
あれを袋に入れたら確実に破れる。毎年使ってる袋で、もちろん来年も使う予定なのだ。
「ふみ、いらんもん。なんもいらんもん。なんも欲しない。」
しきりに頭を振って、せっかく可愛く編みこんでもらった髪の毛が少々崩れた。
「いま、持ってくるからね。きっとひふみちゃんは喜んでくれると思うよ。」
「いやや、なんも欲しない。いらん、いらん。あかんもん、ちゃうもん、ふみの欲しいのんとちゃうもん。」
源五郎サンタがひふみの欲しいものとは違うものを持ってくると思ったのか、ひふみはしきりに嫌がって、仕舞いには泣き出してしまった。
わんわんと孫娘が泣いてる間に広間の扉から『プレゼント』を呼び寄せる。
広間に入れる前に、頭を叩いてやった。

「ふみ。」
広間に入っていった『プレゼント』が孫娘を呼ぶ。
途端にひふみは泣き止んで、鼻水を啜りながら嗚咽をこらえる。
「あーちゃん。」
「おいで。」
手を広げて尊がひふみを呼んだ。
ひふみは母親の影から出てきて、尊の方へ駆け出す。
「ああああちゃ〜〜〜〜〜んんんんんん〜〜〜。」
再び泣きながら、鼻水を流しながら、尊に突進したひふみは尊の胸にべとべとの顔をこすり付けた。尊は苦笑いながら、軽々とひふみを抱き上げて頭を撫でた。
「ずっと来えへんでゴメンな、ふみ。寂しかってんてな、サンタさんに聞いてんで。」
「サンタさん?」
そこでやっとひふみが源五郎サンタに視線を送った。
源五郎は付けひげの下からひふみに手を振って笑いかけた。
手を振り返していたひふみは、尊に促されて「サンタさんありがとう」と口にした。
「メリークリスマス!」
源五郎はサンタクロースの常套句を口にして、大広間から出ようと踵を返した。
嬉しそうに泣いてまで男に飛びついていく孫娘を見て、源五郎は寂しかった。
自分には生憎、娘がいなかったので、きっと娘を嫁に出す心境というものはこのようなものなのだろうか。ひふみは今のところ、唯一の孫娘なので、それはそれは目の中に入れても痛くないほど可愛い。だからこんな幼い頃から、他所の男に並々ならぬ執着心を見せられては、爺としては切ないものがあるのだ。
ちょっと、溜息をつきたい気分。
そう思っていたら、背後から服の裾を掴まれた。
小さい感触で、つんのめったりするような衝撃はない。振り返るとそこには目の中に入れても痛くないほど可愛い孫娘が自分を見上げていた。
「サンタさん、ありがとう。ありがとう。ありがとう。あーちゃんをありがとう。らいねんもまたきてね。」
この笑顔が嬉しくて、源五郎サンタは毎年サンタクロースをするのだ。
もちろん来年もするに決まっている。

ただ、来年以降は人間のプレゼントはしない。



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