3万HITお礼短編 *40話読後推奨 〜内丸紅子、ミックスジュースと初めての遭遇〜 会社の上司にして、高校の頃からの腐れ縁、水流尊がうちの家にバナナを物色しに来たのは、夕食が終わって一家団欒している最中のことだった。 水流は私の上司と言うことを差し引いても、家族に異常にウケが良かった。 ホモの弟はその筋肉隆々の腕っ節で水流を手篭めにしたいと気色の悪い事を言うし、両親は両親で、レズビアンの娘が唯一家に連れてきた男友達として、また現在も交流のある貴重な存在として、彼を息子のように可愛がっている。 私達姉弟に比べれば、水流は普通の子なんだとか。 当の本人も、弟に狙われるのは不本意ながらも、うちののほほんとした家庭の雰囲気が懐かしいと言い、よく遊びに来ていた。 勝手知ったる他人の家とばかりに、遠慮なくリビングにあがりこむと、両親にいつも通りの挨拶をした。 「小父さん小母さんこんちはー。」 「お、尊くん久し振りだねえ。」 「まあまあ、こっち来てお茶でも飲みなさいよ。」 両親は水流の来訪を手放しで喜び、家族の団欒に誘った。 今までテレビの前に陣取っていた弟ですら、ダイニングテーブルへいそいそと場所を移してくる。モテモテだねー、じょーむさん。 「あー、スイマセン今日はちょっと・・・。部屋に彼女を待たせてるんで、すぐに帰ります。小母さんバナナとミカン貰うよー。」 水流の台詞に三人三様固まった。もちろんバナナとミカンではなく、その前の発言。 照れ笑いを浮かべども、三者からじっと凝視されてはさすがに居心地が悪そうだ。 一番最初に口を開いたのは父親。 「た・・・尊くん、彼女できたの?」 がっかりと首をうな垂れ、声にも些か覇気がない。ひっそりと母に「やっぱ紅子はダメかー・・・」って耳打ちしたんだけど、聞こえてるわよ! お父さんったら、まだ期待してたのね。娘の更正を。 無駄な期待だって、納得してくれてるものだと思っていたんだけど。一縷の望みってところかしら。しかもその望みを水流に託すところで間違ってるわね。 ・・・そりゃあさ、悪いとは思ってるわよ。弟もあんなのですから、せめて長女の私だけでも孫の顔を見せてあげなくちゃって、悩んだ時期もあるにはあったのよ。 けど、結局は父さんも母さんもいいよって認めてくれたから、私は今こんなに伸び伸び生きていられるのに・・・。 淡い期待であることを願っているけど。 「彼女ってどんな子?いくつ?可愛い?どこで知り合ったの?」 根掘り葉掘り聞きたがるのは母親。こちらはもう娘抜きで息子のように思ってるようだ。 弟はむっつり。再びテレビの前に戻って行った。あらら、玉砕。根性なしね。 「今度紹介します。二年越しの片思いだったんですよ。」 台所で果物の入ったかごを物色しながら片手間に惚気るうちの会社の常務さん。 「まあ、尊くんが片思い!め〜ず〜ら〜しいわね〜〜〜。そういえばしばらく彼女とかいてなかったわよね。」 「二年越しって言っても一年くらい気づいてなかったじゃないの。好きとかいう話聞いたのも半年くらい前なんだけど。」 鈍いやつだよ、本当。葬式の話聞いて私が気付いたのに、本人が気付いてないってどういうことなんだか全く・・・。 「でも、尊くんからって言うのがそもそも珍しいわよね。と言うか初めてじゃないの?小母さんが知る限りでは。」 「はあ、まあそうですね。」 照れくささからか、なんとも歯切れの悪い返事を返す。私の知る限りでも、彼女は一番特別なんだと思う。 「あらー、じゃあその彼女のことすんごく好きなのねー、結婚とか考えてる?もしかして。」 からかうように突っ込んで話をしてくるうちの母。この小母さんはなんておせっかいなのかしらねえ。 彼女の年齢を知らないからそんなこと聞けるんでしょうよ。同年代くらいだと思ってるのね。 聞き流すとか、上手いことかわすとか、すればいいのに、水流は真顔で 「彼女が結婚できる歳になったらすぐにでもしたいところなんですけどね。」 ・・・・・・・・・・この馬鹿。 再びダイニングテーブルの空気が固まった。 「尊くんはロリコンかー・・・類は友を呼ぶというところかな。ははは。」 自虐っぽく言ってるけど、腹が立つわね父さん。類は父さんのことじゃなくて私のことでしょう? 「どうりで紅子にはなびかないわけだ、26じゃあ はははと再び笑われても。 悪かったわね、 しかしさすがは私の両親と言うべきか、順応の早さには舌を巻く。許容量が広い。 レズの長女にホモの長男がいれば、知り合いの子がロリコンでも格段驚くようなことではないらしい。申し訳ないやら、可笑しいやら。 「はは、ロリコンじゃないですよ。そこんとこの分別はつけてますから。」 あ、ロリコンと言われて今ちょっとムッっとした。気にしてるのか。 冗談だから、じょーむさん。 家に未成年の女の子を一人残してるので、水流はうちの両親に怒られながら追い出された。 「今度はそのお嬢さんも連れておいで〜。」 うちの両親もきっと気に入るに違いない。私があの子を気に入ってるのだから。 私は水流の腰巾着よろしく、後をぞろぞろとついて行く。 ミックスジュースとやらをご相伴に預かるのだ。 だけど果物は水流に持たせっぱなし。重たいものがあったら率先して男が持たなくちゃ。 久し振りにひふみちゃんにも会えるわ。 心なしか足取りも軽い。 自然と幼い頃に聞いて覚えた歌を口ずさむ。ミックスジュースの歌だけど、飲んだことはないのよね。ピンク色の飲み物で、朝も昼も夜もググッと飲み干すと元気が出るらしい。 魔法の飲み物だ!きっと美味しいに違いないわ! 「ああ、それひふみも歌ってた。」 私の歌を聴いて、水流が反応する。 「へえ、あの子も知ってるの、この歌。」 さっき父さんに年増扱いされたからか、15歳とのジェネレーションギャップがなかったという事実に嬉しさを感じる。 「そういえば、いつのまに佐想のお嬢様はアンタの”彼女”になったわけ?」 予定は未定でものを言う人間じゃないことは長年の付き合いで熟知している。それに、やけに機嫌がいいということは、積年の思いが報われたのだろうか。 「さっき。」 水流は一言だけ言って、機嫌よくマンションの廊下を歩く。 背後からでも分かるほど、全身で幸せオーラを振りまいて、知り合いじゃなかったら殴ってやりたいくらいウザイ。 人の幸せが憎い、独身女の常なのよ。 ・・・別に、ひがんでるわけじゃないわよ。 「ただいま〜。」 いつものように間延びした物言いで、水流は玄関の扉を開けた。 一人暮らしの家に、返事は返ってくるはずもないけれど、水流はいつもただいまと言うらしい。 「オカエリなさい!」 けれど今日は、小走りの可愛い足音と共に可愛い返事が返ってきた。 ほんのりと頬を染めて、水流の可愛い彼女は彼氏の帰りをはにかみ笑顔で出迎えた。 水流も嬉しそうに笑って、返事が返ってくる事実をかみ締めるようにもう一度ただいまと言った。 初々しい空気が漂っていて、私じゃなくても赤面する。 ちょっと、私お邪魔なんじゃないの。 慌てて踵を返したけれども、 「あ、紅子さん。ご無沙汰しています、一緒にミックスジュース飲みません?」 と言われたら、頷かないわけにはいかないのよ。 これも未来の社長夫人のお願いですからね、ほぼ上司命令ですわ。私も所詮はしがないサラリーマンの一人ですから。 いえいえ、食い意地とかではないのよ。本当よ。魔法のジュースを飲みたいからではないのよ。 「食い意地女王・・・。」 ご満悦の私の脇で、水流が憎まれ口を叩くので、脇腹に肘鉄を食い込ませてやった。 へいへい、御邪魔虫ですいませんね。 でもいいじゃない。これからいくらでも時間はあるでしょう。 私と魔法のジュースはこれが最初で最後かもしれないのに。 リビングでくつろぐと、キッチンで睦まじい二人が3分クッキングを繰り広げている。 二人の世界を壊さないように、私は遠くで聞き耳を立てつつ盗み見る。ちょっと気を使って、私ったら有能な秘書だから。 ガタガタと水流はミキサーを取り出して、コードをコンセントに差し込んでいる。 ほほう、魔法のジュースはジューサーではなくミキサーで製造するのか。 「あれ、リンゴは入れないの?」 用意されてある材料を見て、彼女が首を傾げる。 水流も首をかしげながら、要領を得ずに彼女を見た。 「リンゴを入れると早く分離するから入れないってヤマトさんが言ってたよ。」 「えー、えー、そうなの?知らなかった!私、リンゴも入ってるんだと思ってた。」 バナナ・ミカンの缶詰・牛乳。材料の種類は意外と少ないらしい。 「そういえば、飲むばっかりで、気がついたら出来上がってたかも。作ってるところあんまり見てなかった!」 恥ずかしい〜。と彼女は赤面して首を振る。あああ、か・・・可愛い・・・。 水流も私と似たような反応。 「ヤマトさんには色々習ったから、ふみにも教えてあげるよ。」 関西人でもないのに流暢な関西弁を話す水流は、この彼女の母親から、その言葉を操る術を身につけたらしい。 しかし習ったのは言葉だけではなく、関西人の習慣や、料理の味まで教えてもらったといつだったか言っていた。 実の娘に母親として全てを教えられぬままに亡くなったその人は、この後、水流を介して全てを彼女に託すのだろう。 そう思えば、きっと彼女の母親は、こうなることを予想していたのかもしれない。 ぼんやりしながら考え事をしていたので、ガラステーブルに置かれたコップの存在と、彼女が隣に座ったことでソファが揺れた感覚にも気付けなかった。 「紅子さん、出来ましたよ?」 そう声を掛けられて、振り返ると可愛い女の子が長い睫毛を瞬かせてじっとこちらを窺っていた。 手には少しオレンジがかった薄黄色の液体が並々注がれたコップ。 キッチンを見れば、水流が自分用のコップをすでに呷っている最中だった。 私はガラステーブルに置かれた、私用に注がれたコップを持ち上げる。 その色からして飲み物には些か不思議な色合いと、牛乳を入れて攪拌しているせいでどろりと泡立つ液体と思しき物体は、正に未知との遭遇というやつだ。 私の横で、彼女はコップを傾けて、味わうように少しを嚥下し、顔をほころばせる。 「・・・お母さんの味だ。」 かみ締めるように言った言葉は、ちょっとホロリときたけれど、私の手の中の魔法のジュースは、ちょっと飲む気を減退させている。 ・・・けれど、食べ物は何でも美味しく頂くがモットーの私としては、食わず嫌いはタブーである。見た目はグロテスクでも食べれば美味しいものもたくさんあるじゃない。きっとこれも飲めば意外と美味しいのよ。 「マルベニ、早く飲まないと分離するよ。」 追い討ちをかけるように背後から水流の声がした。急かすな。 くっ・・・ここで尻込みしていては女が廃るというものよ。 「紅子さん、美味しいですよ。」 空になったコップを彼女が私に笑顔で見せたのと同時に、私は自分のコップを傾けた。 ・・・・こうして、新たなト○ビアが生まれた。 内丸紅子さんは、地にあるものはイス以外、空を飛ぶものは飛行機以外何でも食べる。 液体はミックスジュース以外、何でも飲む。 ・・・どうも、あのドロっとした感じと、フルーツと牛乳の混ざった味が苦手なのよね。 私の感想に、二人は笑顔を作り、声をそろえて 「好き好きがあるからね。」 と言った。 >>NOVEL TOP |