いつものマンションいつもの部屋で、いつもの時刻にいつもの顔ぶれ。
しかし今日はどこか空気が固くて、間に挟まれた人間は口をつぐむしかない・・・。


いつも通りの夕食だったはず。
どうしてこんな凄まじい喧嘩になってしまったのか、自称・美人秘書の内丸紅子は考える。
内心さっさと自宅に避難したい所だが、緊迫した空気がそうさせてくれない。
紅子はチラリと自分の上司を見た。
普段あまり見ない、心底不機嫌な顔をして、黙々と食事を摂っている。
一方、紅子の隣に腰掛ける上司の恋人もさっきから一言も交わさずに箸を動かす。

隣の少女に関しては、意地を張って沈黙を貫くというのは間々あることなのだが、向かいの上司にいたっては大変珍しいことであるので紅子は少し驚いている。
長いものには巻かれ、人の怒りを買うくらいなら頷いていた方が楽と豪語する紅子の上司は、最愛の彼女のためなら純白を真っ黒とでも言うような男だ。
それが彼女の憤懣に繋がろうとも我を通す今日は、一体どうしたことなのだろう。
『誰にでも譲れないことの一つや二つ、あるってことなのかな・・・?』
紅子は夕食の皿に視線を落とす。


『このねぎ焼き一枚の上にかけるのが、醤油かマヨネーズかっていう、くっっっっだらねえことなのにね・・・。』


あまりのくだらなさに、どうフォローをして良いものかも分からない。
自称・有能美人秘書の内丸紅子もお手上げである。

事の発端は紅子の上司・水流尊がいつものように夕食を作っている最中だった。
尊の恋人の佐想ひふみが手伝いに入り、いつものように和やかな雰囲気を紅子は微笑ましく見ていた。
しかし突如として台所の空気に戦慄が走った。
遠くから察するに、夕食のねぎ焼きの話題になり上にかけるのはやっぱりマヨネーズ(か醤油)とどちらかが言ったのだろう。
しかし相手は違うものをかけたがる、しかも互いに嫌悪すべき調味だったのだろう。
ああ、考えるだけに下らない。
しかしそんなこと口が裂けても言えるわけがない。
両人にとっては決して下らなくはない事なのだろうから。

冷戦の続くテーブルの上、向かいには醤油、隣にはマヨネーズ、どちらでも使ってくださいと言わんばかりに置かれた容器を交互に見つめ、紅子は溜息を吐きたい衝動に駆られる。
『別に・・・・何もかけなくて・・・・超絶美味いんだけどなあ・・・・・。』
新たな火種になりそうで、紅子はぐっと口をつぐむ。


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