【例えば、片手で荷物を持って、残った片手を君と繋いでみたりとか】


駅前の喫茶店で待ちぼうけ。
俺は腕時計で今の時間を確認する。16回目。
待ち人はいまだ来ず。イラチの俺は待つのが苦手や。
せやけどずっと待ってられるんは、相手が大和やから。他の誰かやったら、とっくの昔に放って帰ってるわ。
店に入ってから8本目の煙草に手が伸びて、火をつける。
今日はうっかりライターを忘れてしもたから、喫茶店のマッチを擦る。
ジッポーの匂いも独特やし、マッチもまた独特。これはこれで味わい深いけど、マッチはゴミになるし、ジッポーは手入れが邪魔臭いから、俺は100円ライターでいい。
フィルターぎりぎりまで吸ったら身体に悪い・・・ってもう喫煙自体が身体に悪いねんけど、喫煙者は喫煙者なりに気をつけて、フィルターより1.5cm以下は吸わんようにしてる。
待ってたら手持ち無沙汰になるんや、せやからついつい本数吸ってまう。
大和が見たら頭叩かれそうな灰皿に、皿に一本吸殻が追加された。
早よ来な、俺の肺は煤だらけに拍車がかかるで〜。キスも煙草臭くなるんやで〜。
まだ来えへん恋人に、心の中で呼びかけても、店の扉は動かんかった。
・・・もう一本吸うか。

カランコロン・・・

もう一本取り出して、丁度口にくわえた所を息を切らして入ってきた大和に見つかった。
入り口からよう見えるトコ座ってたから、大和が俺を見つけた後に灰皿まで視線が動くのもよう見えてた。
ついでに山盛りの灰皿に対する非難の表情も。
俺は咎められる前に席を立って、近づいてくる大和の腕を掴んでそのまま店を出た。もう会計は済ませてんねや。
「ちょっと、ともみん!待って!」
俺がずんずん進んでいくから、歩幅の狭い大和はついて来られんと足がもつれそうになって、ちょっと泣きの入った声で訴えてる。
別にいけずしたいわけやなかったから、俺は言うとおりに立ち止まった。
大和の息が調うのを待ってて、そしたら大和はまだ息の切れた状態で俺に謝るんや。
「・・ごめ・・、ともみん・・・先輩に書類整理・・手伝わされて、こ・・・断られへんくって・・・待ってくれてるのわかっててんけど、連絡も取られへんし・・・ごめん・・・怒ってる?」
俺はようさん煙草吸うてたんを怒られると思ってたのに、大和は大和で俺が長いこと待たされてたんを怒ってると思ってるし。
なんか、とりあえず大和の頭をワシワシと撫でといて、ついでに抱きしめて頬にチュウをかましといたった。
道の往来でなにさらすんじゃって大和の怒号が響いたんやけど、照れ隠しが半分やろうし、大和も道の往来で叫ぶんは俺と同罪やと思うんやけどな。
「帰ろか。」
公衆の視線が集中してるのにようやく気付いた大和に声をかけたら、蚊の鳴くような返事が返ってきた。
俺と大和はそのまま駅の方へ歩いていく。


大和の会社に契約の書類を届けに行ったついでに大和の顔を見たろうと思って探し回ってたら、知らん男に言い寄られとった。
そんなん俺が見ていい気分になるはずもないし、ホンマは後ろから膝蹴り食らわしたい位にはイラついとったんやが、そんなんしたら大和が後で怖そうやし止めといた。
それやのに大和は、俺がアイツの部署に行ったんを言い咎めるし、知り合いやて知られたないとか散々なこと言いよるし、俺は一体お前のなんなんやっちゅーねん。
せっかくどうでもエエ書類を、わっざわざこの俺自ら持ってきたっちゅーんに。
何やねん、ただ会いに来たらアカンのか。俺がどんだけお前に惚れてるんか全然分かってへんねんな。
そらもう、物凄い機嫌も悪なるし、そんな状態で外面なんぞ気にできるわけないし、もっと当たり障りなく丁重にお断りしようと思ってたんやけど、無茶苦茶睨んで言い寄ってた男を蹴散らした。
堪忍やで、知らんかった言うても人のもんに手ぇ出そうとするからや。


俺らは家のある最寄り駅で下車、駅前のスーパーで夕食の買出しをする。
何年か前から一人暮らしをしてるんやけど、大和を連れ込んでは晩飯を作ってもらってる。
料理なんか男がするもんとちゃう!って豪語してやりたいけど、料理できひん言い訳みたいであんま言いたない。
時代錯誤甚だしいって白い目で見られんのも嫌やし、正直食えたらそれでええ。
旨いもん食うんは好きやから、大和の飯食うのは嬉しいけど、それを自分でしようとは絶対に思わん。
俺はそんなマメな男と違うからな。
カゴいっぱいに買い込んだ食材を見て、大和がこれから続けて来そうな予感に気分が弾む。
俺が絶対に台所に立たへんのを大和は知ってるし、大和が使わな全部腐ってまうんも分かってるはずや。
スーパーの袋2つ分になった食材を、当然のように俺が持って、店を後にする。
沈む夕日に街の建物が全部赤く染まって、その中を行きかう人はみんな家路を急いでる。
俺と大和は山の手のマンションに向かってゆっくり歩き出した。
普段こんな荷物持ってて、坂道歩くんはしんどうてしゃーないけど、こうやって大和と一緒にゆっくり歩くのは嫌やない。
ずっと隣で、会話もないけど、一緒に歩くのは心地良い。

俺の左手がカサッと鳴って、軽くなったから、大和が片方持ってくれたんやなって振り向いた。
ごく自然に互いが手を差し出しあって、当然のように手を繋ぐ。
俺のよりもずっと薄くて小さくて柔らかい大和の手が、離れんように絡みつく。
赤い太陽の熱が背中を温めて、俺の体温を上昇させた。
ウソ、太陽のせいやない。
「なあ、大和。」
「うん?」
やっぱり、こういう一瞬を手放されへんから、俺は心を決める。
「今、佐想の実家、建て直してるやんか。」
「ともみんが色々口出ししてるねんてな。おばちゃんから聞いた。」
俺の希望を言うただけやのに口出しとか煩わしそうに言われるんは心外やで、オカン。
「まあそれはエエえんけどやな。・・・今年中には出来上がる。」
ウケ狙いで建てた平安貴族が住む家は、今後の為に壊したった。アレは住みにくい。
両親が住む家と、兄ちゃんら弟らがそれぞれ住む家と、俺の家。
俺と、俺の家族の家。
「出来上がったら、俺と、結婚してくれへんか!」
一大決心で言うた言葉は、大興奮のあまり大声になってしもて、その反動で大和は驚いて足を止めた。
夕日で赤くなった帰り道には俺ら以外誰も居らん。俺は存分に戸惑う大和を観賞した。
みるみるうちに赤くなっていくんは、夕日が差してるからやないって自惚れても良いはず。
オモロイくらいに視線が泳いでて、答えに困ってるんか口がモゴモゴ動いては暫く止まる。
「・・・・・そんなん、こんなトコで・・・・言うことやないやないの。」
怒ってるんか嬉しいんか、女の心の機微は男の俺にはサッパリ理解できひん。手を離されへんだけ良いっちゅうことなんかな。
「そやし、ウチ会社今年入ったばっかりやし・・・、そんなん入ってすぐに辞めるとか・・・気ぃが咎めるわ。」
「向こうには俺からも謝っとくし。」
責任はとらんといかん、男の甲斐性や。
「実家に俺らが住む家建ててるねん。両親と一緒に住むわけでもないからまだ楽やろ?」
俺は結婚の準備万端なんやで。大和も大学卒業してるし、3年も付き合ってるんやから、もうええやろ。
ウチの親はまだかまだかてせっつくんや。
俺の手、汗かいてるん分かるやろ?平気な顔してこんなこと言うてるわけやないんやで。
「上手いこと答えようとか、旨いボケかまそうとか、思うなや?素直に頷いたらええんやから。」
ハッと気付いて先手を打っとく。コイツは照れ隠しにすぐボケようとしよるからな、釘刺しとかなアカン。
逃げ道を絶たれた大和は俺の顔を直視できひんくらい照れてしもたらしくて、俯いてコクコクと頷いた。
よっしゃ!!!
俺は心の中で盛大に飛び跳ねて喜んだ。喜ばんはずがなかろうが。
大和の指が、俺の手をギュッと握る。
ドキンと胸が高鳴って、俺は大和に視線を集中させた。
ゆっくり顔を上げた大和は、夕日が沈みきってるのにハッキリ色が分かるくらい真っ赤で、感情が昂ぶって瞳が涙で光ってた。
大和、ココが外で良かったな。
俺も外では無体なこと出来ひんわ。
「・・・ともみん・・・。」
掠れた声に、俺の頬も熱くなる。おお、色っぽい声。
「なに。」
顔がにやけるの抑え込んだら、いやに抑揚のない声音になった。大和、誤解すんなよ。
「指輪は?」
給料三ヶ月分。と付け足して、右手差し出しウルウル瞳で聞いてくる。
あー・・・・・・・・やべ。
「俺の給料三ヶ月分は大きいぞ。」
真面目な顔して誤魔化してみたけど、表情変えずに分かってると。
用意すんのを忘れてた、とは今更正直に言いたくない。
しかし用意してないもんは用意してない。

ふっ

気付かん間にうんうん悩んどったら、鼻で笑われた。
「今度の休みに買いに行こう。うんと豪華なんにしてよ。」
冗談めかして大和は俺の方に額を乗せた。
「大和。」
名前を呼んで、顔を上げた瞬間に唇を合わせてにやりと笑う。
ほんのり染まった頬にもキスをして、繋いだ手に力を入れて歩き出す。
ホンマ、お前には敵わんわ。


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